わらしげちょうじゃの日記

人生笑顔の分だけ成功する

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タイNo1大富豪と风险投资(ふうけんとうし)から見る経営戦略論

   




最近、筋トレにハマりつつあるシゲです!
さて上半身は鍛えられるのですが、下半身はどうやって筋トレすればよいのか模索中です・・・・

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貴方は风险投资(ふうけんとうし)という言葉を知っているでしょうか?
見ればわかるようにこの言葉は日本語ではなく中国語で、「リスク投資」という意味です。

これはタイ最大のコングロマリット企業(複合企業体)であるCPグループ会長のタニン氏が使っている言葉です。
日本でコングロマリット企業という言葉は聞きなれませんが、要は財閥みたいなものです。

日本では三菱財閥、三井財閥、住友財閥といった日本三大財閥を初めとした財閥が明治期から昭和の財閥解体まで存在していましたが、現在ではそのような会社は殆ど存在しません。
しかし、東南アジアではそれぞれの国に超巨大企業グループがあり、国に大きな影響力を持っています。


財閥の特徴としては一族で独占的に富を持っているということがその1つに挙げられますが、それはコングロマリット企業も同じで、
このCPグループはチャラワノン家によって経営され、莫大な財産を所有しています。


CPグループはタニン氏の父、エクチョー氏とその弟であるシウイー氏が兄弟で経営する小さい種子売りの店が最初でした。
彼らは中国からタイへ渡ってきた華僑で、中国で仕入れた種をタイの農家に売っていました。

そして、エクチョー氏はこのビジネスによって1人の企業家としての成功を納めました。


さて、ビジネスが上手くいったら次は何を行うでしょうか?
基本的にある程度の成功後の拡大戦略はたった2つです。
1つは「市場の寡占を狙うこと」
もう1つは「他分野に進出すること」です。
ようは今のビジネスの手を広げるか、深く掘るかのどちらかがです。


もうすでにある程度のシェアを保有している場合は「市場の寡占を狙うこと」を行う場合は、
リスクが少ない投資になりますが、市場規模以上の会社を作ることが出来ません。


逆に「他分野に進出すること」は無限大の富の創出の可能性を与えますが、今までの成功式が使えないケースが多く、
失敗するリスクが格段に上がります。

「手を広げすぎて失敗してしまった経営者」というケースは経済誌からドラマ、マンガにいたるまで経営の典型的な失敗例として
取り上げられることが多いから想像出来る人も多いでしょう。


それほど、ある程度成功した企業家でも他分野で同じように成功を納めるのは困難なことなのです。



さて、エクチョー氏はどちらの道をとったか?


彼は「他分野に進出すること」を決めました。
しかし、それは全く知らない業界ではなく、種子業界の周辺商売である動物の飼料生産ビジネスに手を出しました。
海老や鶏といった動物の飼料生産から販売までのワンストップ体制などから、この飼料生産ビジネスはCPグループの礎を築くための追い風となりました。

なので多くのコングロマリット企業が不動産などを中心とした複合企業体を形成している中で、
タイのCPグループはアグリビジネスが中心という異彩を放つグループなのです。

この時点でチャラワノン家はタイ有数の富豪一族になっていますが、息子のタニン氏に経営がバトンタッチされてからは急速な発展を遂げ、タイで他の追随を許さない最大の企業体となりました。

息子のタニン氏に代わってから何がどう変わったのでしょうか?

タニン氏がCPグループのトップの座に上り詰めたのは30歳の頃でした。
実は彼には3人の兄がいましたが、父のエクチョー氏が死去してから兄を差し置いて四男のタニン氏が経営の実権を握りました。
彼が最初に行ったのは、経営陣の総入れ替え。
父の時代の経営陣を押しやり、自分が「これだ!」と思った若者をどんどん登用しました。

この文章を見たら当たり前のように感じますが、巨大会社の舵取りを30歳で行い、成功を収めた経営陣を追い出し自分で一から築きあげるというのは相当の度胸がないと出来ません。


これが彼の1からリスクを取り、築きあげる「风险投资(ふうけんとうし)」のスタイルなのです。


内政でも革命を起こしましたが、彼は事業拡大の時もその「风险投资(ふうけんとうし)」のスタイルを崩すことはしませんでした。
その象徴とされるのが中国投資。
彼は1979年に外資導入政策を始めた中国に真っ先に乗り込み、営業許可書番号「00001」をもらいうけ、事業拡大を行ってきました。
1979年といったら文化大革命のたった2年後であり、混乱した中でも共産主義の色が濃く残る時代で、まだまだ中国には貧困が残っていました。



もし、私達がタニン氏の立場だったら中国に積極的に投資することが出来たでしょうか?
自国の十何倍の市場規模があるが、社会的に不安定で貧困が蔓延り、たった一度も外国企業を受け入れたことがない国でビジネスをしようと誰が考えるでしょう。


それでも、タニン氏は「风险投资(ふうけんとうし)」を中国に向けて行いました。
工場を打ちたて、飼料生産から鶏肉の販売までを行い、安い鶏肉を提供するインフラ的な立ち位置を確立しました。
こうなったらもう後は簡単で、中国が急激に発展するスピードに合わせて事業拡大をしていけば良いだけです。


けれど、タニン氏はそれだけでとどまりませんでした。
流通業や不動産業、通信業、保険業など全くアグリビジネスと関係ない分野への投資を行いました。

今では数百社をグループ傘下に入れ、8つの事業分野で独占的な地位を占め、年間総売上3兆円規模まで大きくなった
CPグループの成長はとどまることを知りません。


日本にもこのCPグループの影響は色濃く存在します。
例えばタイに沢山あるセブン-イレブンはCPグループ傘下の企業が運営していますし、
3週間前にはCPグループは伊藤忠商事と業務提携を結び、伊藤忠商事の株を買い、一躍筆頭株主に踊り出ました。




私がこのタニン氏率いるCPグループから感じることは爆発的に成長するためには自分が安定期にいる時に、
「风险投资(ふうけんとうし)」をしなくてはならないということです。



動乱期にリスクを取るのは当たり前です。それしかやれないですから。

けれど、自分に金がつき、地位がついても同じようにリスクをとる事ができるでしょうか。


グループトップに就任した直後に経営陣の刷新を行ったことも、まだ未開の地であった1979年当時の中国に足を踏み入れたのも、
8つの分野にビジネス領域を拡大したことも普通はする必要がなかったことです。


巨大企業になったら中国に投資なんかしないで酒池肉林の毎日を過ごしても良いですし、もうすでにタイNo1のグループになった後に
わざわざリスクを負って他分野に進出する理由はなく、毎日「カイチョー」と言われながらビジネス誌にしたり顔で話せばよいだけです。

けれど、もしそこで足が止まったら、今日のタイ最大のコングロマリット企業はなかったでしょう。


安定期にどれだけリスクを背負えるか。
地位と金を得た時にも果たしてゼロから新しいビジネス領域を築くことが出来るのか。

それがある程度成功した後に、国を傾ける力がある企業体を作る秘訣なのでは無いでしょうか?

私も今だけではなく、将来安定期に入った時でも「风险投资(ふうけんとうし)」の考えを心がけて事業拡大していきたいですね。


では!

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